
大規模修繕工事の現場で、重機やはつり作業によって「自動火災報知設備の幹線を誤って切断してしまった」というトラブルは、実は少なくありません。
特に複数棟にまたがる大規模物件では、たった一箇所の切断で広範囲が「未警戒状態(火災を検知できない状態)」に陥ります。
本記事では、最新の現場事例をもとに、100本もの同色配線が切断された絶望的な状況から、いかにして確実な復旧を実現したのか。消防設備士の視点でその全工程を詳しく解説します。
最大の危機:火災受信機の「断線表示」が意味する法的リスク

幹線切断において、最も危惧すべきは「火災監視網の空白」が生じることです。
火災報知回路が断線すると、受信機の断線灯が点滅し障害を知らせますが、この状態では感知器が熱や煙を感知せず、受信機まで火災信号が届きません。完全にかさいを感知することができない状況をさしています。
今回の現場では計28もの警戒区域が断線し、火災感知機能が完全に失われていました。また、断線は火災信号線に留まらず、地区音響(ベル)回路や表示灯回路、電話連絡回路といった信号線にも及んでいました。
復旧までの間、万が一の出火があれば初期対応が致命的に遅れるリスクがあるため、一刻も早い正確な回路特定と再接続が求められる、極めて緊迫した現場となりました。
工事の難点|すべて同色の幹線

現代の消防用ケーブル(耐熱電線)は、芯線が各色に色分けされており、誤接続を防ぐための視覚的な識別が容易です。しかし、今回の現場に敷設されていた旧来の幹線は、すべての芯線が「赤色」で統一された特殊な仕様であり、外観から回路を判別することは困難でした。
既存の配線には回路名が記載されたラベルが付されていましたが、その表示を鵜呑みにすることは極めて危険です。万が一、1本でも誤接続があれば、作業が振り出しに戻りはじめからやり直す必要が出ていきます。
そこで私たちは、既存の表示を当てにせず、100本に及ぶすべての配線を一から特定し、一から作業を始めることにしました。
この「赤い束」を一本ずつ解き明かし、確実なエビデンスに基づいた再接続を行う。これこそが、消防設備士に求められる品質管理の核心です。
復旧工程
① 回路特定
受信機側と切断箇所の両方でテスターを使用し、
1本ずつ役割を確定。

自火報のメイン幹線には、役割の異なる複数の回路が複雑に混在しています。具体的には、以下の主要回路を正確に切り分けなければなりません。
- 地区音響回路(ベル): 避難を促すサイレンの動力線
- 表示灯回路: 発信機の位置を示すランプの電源線
- 電話(通話)回路: 受信機と現場間の連絡用ライン
- 各警戒区域の火災信号線(感知器回路): 火災検知の核心部
- 共通線: 各回路の「帰路」となる、全システム共有のマイナス線
100本の束の中からこれらを1本ずつ特定し、マーキングを施した上で、施工記録と照合しながら確実に接続していきます。一箇所の誤接続が「いざという時にベルが鳴らない」「別の階の火災と誤認させる」といった致命的な欠陥に直結するため、ヒューマンエラーは許されません。適切な休息を挟みながら、常に研ぎ澄まされた集中力を維持し、完遂させる必要があります。
② 新規配線への接続

復旧に使用する新しい配線は色分けされた現代仕様。これにより、複雑な100本の回路も整然と整理され、施工ミスのリスクを極限まで低減できます。
実際の接続作業では、新旧の配線を対照させながら、圧着スリーブで確実に結線していきます。自火報の信号線は0.9mmや1.2mmと非常に細く、被覆を剥ぐ際に銅線へわずかな傷(ニッパー痕など)がつくだけで、後の振動や経年劣化によってそこから「根元折れ(芯線断線)」を起こすリスクがあります。
被覆を剥く際は丁寧に剥ぎ取ります。私はあえて使い慣れたペンチを使い、指先の神経を集中させて一本一本仕上げていきます。すべての接続を終え、受信機の断線ランプがすべて消灯したことを確認して初めて、責任を果たしたという安堵感が得られます。
③ 作動確認試験

受信機の断線表示が消灯しただけでは、完全な復旧とは言えません。
この工事において最も警戒すべきは、「100本ある回路にズレがないこと」です。もし回路の番号が一つでもズレていれば、火災時に全く別の階が表示され、初期消火や避難が遅れるという取り返しのつかない事態になりかねません。
これらの状況を確認するために以下の試験を行います。
- 発信機(押しボタン)の作動確認: 各エリアのボタンを実際に押し、受信機の警戒区域表示と一致するかを検証します。
- 地区音響(ベル)の鳴動確認: 全ての階で正常にベルが鳴り、音圧が確保されているかを確認します。
- 表示灯の整合性確認: 正常な電力供給が行われ視認できるかを確認します。
- 自動火災報知機用の電話が使えるかを確認
※細かい試験項目は法令で定められていおり、実際の試験はその内容通りに実施します。
④ 絶縁測定

接続が完了し、受信機の表示が正常に戻った後、弊社が必ず実施するのが「絶縁抵抗測定」です。これは、配線から建物(大地)への漏電がないかを確認するものです。
ここで重要なのは、「施工前」と「施工後」の両方で測定を行うという点です。
・施工前に測る理由
もともと建物側に絶縁不良(漏電)があった場合、それを把握せずに工事を進めると、完了後の不具合が「工事によるもの」か「既設の老朽化によるもの」か判別できなくなるからです。
・施工後に測る理由
接続不良や配線傷による新たな漏電がないかを証明するためです。
実は、私自身も苦い経験があります。まだ施工を覚えたての頃、あるテナント改装工事で「事前の絶縁チェック」を失念したまま作業を終えてしまったことがありました。
工事完了後に計測すると、絶縁抵抗値が規定値(0.1MΩ)以下。このままでは検査に通りません。冷や汗をかきながら、管理室の受信機で1本ずつ配線を外し、8時間に及ぶ懸命な調査を行いました。
やっとの思いで特定した原因は、今回の工事とは全く関係のない階の「消火栓ボックス」でした。ボックス内で配線の被覆が剥け、金属部に接触していたのです。
もし事前に測定していれば、「この不良はもともと存在していたものだ」と即座に判断できました。しかし、自分の施工ミスを疑い、膨大な時間を浪費してしまったのです。
この経験以来、私はどんなに急ぎの現場でも、「施工前の絶縁測定」を鉄則としています。
まとめ
・大規模修繕中の掘削で幹線が損傷する事例は珍しくない
・復旧まで未警戒状態となるため迅速対応が必要
・同色幹線は回路特定が最大の難所
・接続後は必ず作動試験と絶縁測定を実施する
火災報知設備は「動いていて当たり前」の設備です。
止まっている時間があること自体がリスクになります。
断線や異常表示を確認した場合は、
原因特定と確実な復旧を行うことが重要です。